本物のエバンジェリストとは

平鍋さんから声をかけられ、Linda Risingさんが日本に滞在している間、付き人をさせていただきました。僕はLinda Risingさんは平鍋さんの師匠であり、Fearless Changeの著者のお1人だと言うことは存じていましたが、パタン・プリンセスと呼ばれていることを存じてませんでしたし、世界的に活躍されているコンサルタントだと言うことが、どういうことなのか、良く分かってませんでした。それはどういうことなのかというと、

先週末にはポーランドのJavaのカンファレンスに招かれて出席し、一度アメリカの自宅に戻ったものの、すぐ日本に移動し、Agile Japan 2011の懇親会に出ずに自宅へ帰らなければならないほどお忙しい人

なのです。僕は1ヶ月に3、4回は飛行機に乗って世界各国を飛び回るのが当たり前の人と行動を共にしたことはありません。そんな方を空港へ迎えに行ったり、ホテルまでお見送りしたりなど、結構長い時間行動を共にし、Lindaさんからいろいろなことをお聞きすることができました。その中での思い出とか、感じたことをまとめておこうと思います。

He is a leader!

空港にお迎えに行き、バスチケットを手配した後など、何回か「He is a leader!」って言われたんですよね。何のことかと思いきや、要するに僕が案内役だったので、それをそういじられたわけです。空港からホテルへ移動するバスの中、彼女は休むのかな、と思ったら全くそんなことなく、バスの中でもしゃべり通しでした。僕と留学経験のある同僚と二人で迎えにいったんで、僕ばかり英語でしゃべっていたわけではないですよ。それに僕はそんなに英語がしゃべれるわけではないので、答えに窮する場面が多々あったわけですが、「ネイティブじゃない言語をしゃべると、頭がくるくる回転するわよね。がんばんなさいよ」的なことを言われ、適当にいじられました。でも、彼女の話す英語は理解できるんです。彼女の英語は非常に平易で、英語ネイティブではない僕らにも分かるように、言葉を選び、ゆっくりと話されていたからです。それは講演中もそうでしたよね。
それに僕はときたま変な英語をしゃべっていたせいか、たまに通訳のような事をやる事になると「大丈夫?」っていじられたりしました。でも、決していやみないじり方ではなかったです。

並ではないパワフルさ

Lindaさんは水曜日のお昼に日本に着き、金曜日に講演されるという日程で日本にいらっしゃいました。で、水曜日の夜に時間が空いていたので、何かイベントはできないか、企画を考えよう、という話がありました。でも、その日に来日されるから、お疲れだと思われるので、今回は近くであまり大人数にすることなく、食事会にしました。
でも、Lindaさんのパワフル具合は予想を裏切りました。バスの中でもしゃべり通しでしたし、ホテルに到着後、少し昼寝をすると聞いていたんですが、食事会の時間の前に一度散歩に出かけられたんですよね。で、ホテルに帰ろうとしたら道に迷って道を尋ねながら帰ってきたと。帰ってきたら実は別館だったので、どうなることやら・・・。と笑って話されるわけですよ。こっちはそれを聞いてひやひやしていましたが。キャンセルになったイベントを開催していても、笑って元気に参加されていたでしょうね。

ほんもののエバンジェリストにはスライドは不要

今回、Agile Japanでの講演は、Lindaさんの自著である「Fearless Change」がテーマでした。この「Fearless Change」を元に本を書いたことは彼女自身の人生を変える本になったそう。組織に新しいアイディアを紹介するためのパタン集として、PLoPに投稿したのは、彼女がパタンを学んでから結構すぐだそうです。最初にPLoPに投稿してから、書籍として出版するまでに10年の時を要しました。書籍にする前にその元となる48のパタンを書き上げられたわけです。PLoPでパタンと認められるまでに、少なくとも3人が「これはパタンだよ」と承認する必要があるので、かけられた時間は並大抵のものではありません。だから、言いたいことは全て頭の中にあるわけです。

できるだけ平易に、ゆっくり、相手にわかる言葉で話す。

僕らは英語のネイティブではありません。Lindaさんのセッション後、控え室に戻られた後に、流暢に英語の話せる日本人の方が控え室にみえたのですが、Lindaさんは言葉を選び、ゆっくりと話されていました。それはたまたま同席していた、英語のそれほど得意ではない僕らのためにゆっくり話をされていたのかもしれません。
Agile Japan2011のお昼休みにAsk the SpeakerというコーナーでLindaさんに尋ねるコーナーがあったわけですが、そこに要らした方にも優しく、ゆっくりとした調子でお話されていました。ある人はそのことを"I can catch your words.Thank you!"と表現されていました。訳すと「単語ごとちゃんと聞くことができました。ありがとうございます。」くらいなんでしょうかね。

changeは決して他人を変えることではない。

Ask the speakerの席にいらっしゃる方は必ずしも英語がしゃべれる方ばかりではありませんでした。ほとんど理解できないし、しゃべられない方もいらっしゃるわけで、そういう方もいるので、同席させていただきました。その中で、自分がやっと腑に落ちたことがあります。「change」とは決して他人を変えることではないんですよね。よく質問される方の中に、「自分はコレだけがんばっているのに、周りが変わってくれない」と言う方がいました。僕もそう思っていたことがありました。でも周りを変えることはできない、とLindaさんは断言していました。
自分が何かのエバンジェリストとして活動していく中で、色々な人に助けを求めていく(Ask for Help)と、その相手が行動することで何か気づき、「変わる」ことがあるわけです。いきなり行動を大きく変えるようなことをするのではなく、小さな実験を繰り返し行うこと(take small experiment)をすることで、行動が大きく変わるような転機(tipping point)にあたることがあるわけです。だから、エバンジェリストとして活動する中で、「自分にはもう無理だ」とあきらめる前に、ときどきふりかえり(Time for Reflection)、小さな成功(Small Success)があれば、「自分にはやれる!」と信じ続けられるようにそれを祝うわけです。

同じ話を何度もすることは、恥ずかしいことではなく、効果的な話法

ところでLindaさんは何回も同じ話をされてました。僕が色々なところで行動を共にさせていたせいもあるのかもしれないですが、僕自身にも何度か同じ話をされたんですよね。僕が彼女の話を1回で理解できたわけではないから、何度か話されたのかもしれません。

Lindaさんのセッションを聞いた何人かのAgile Japanの講演者は「どうしよう。しゃべるネタかぶってる><」って慌てられてましたけど、一回聞いただけでその話を要領よく理解できるほど頭の回転の速い方はそんなに多くないと思います。それに、違う人が同じことを言っている、と言うだけでも、そのことはより価値の高い「事実」である可能性が高く感じられるのではないでしょうか?

よくプレゼンの中で「大事なことは1番最初に」とか、「大事な事は2回繰り返す」と言うのがありましたが、同じカンファレンスの中で、ほんとうに大事なことであれば、違う人が同じことを話すことの方が大事なんじゃないかと思いました。

Emotional Connectionの大切さ

Emotional Connectionというパタンは、書籍「Fearless Change」の中では取り上げられていません。しかし、このパタンは「Fearless Change」出版後のPLoPで投稿されているパタンです。どういうものか、論文より概要を引用しますね。

Connecting with the emotional needs of your audience is more effective in
persuading them than just presenting facts
聴衆の感情的なニーズにつながることは、ただ事実を述べ、プレゼンするよりも彼らを説得により効果的です。

というパタンです。例えばDo Foodというパタンの中で通訳していた平鍋さんが「僕はこのパタンがとっても好きで、新しく仕事をする時には必ずしています。」と、追加で話を加えたら、その時の聴衆の反応を見た後、「私もこのパタンが好き」と述べていました。あ、でもDo Foodが好きというお話は別のところでもそうおっしゃっていました。

また、今回、東日本大震災後、と言うタイミングでLindaさんは来日されました。まとめに「ぼくらが変わることを信じます」と結ばれたわけですが、それは、僕らの価値観が変わらなければならないという状況に感情的に寄り添ってくださったのではないかと思います。The Right TimingというパタンもFearless Changeの中ではありますが、それ以上にEmotional Connectionという態度は、対立ではなく、寄り添う態度を産み出すことのできるパタンだと感じたのです。

EvangelistとDedicated Championの違い、Energizerの違い

今回のAgile Japanの講演の中ではDedicated ChampionとEnergizerというパタンは登場しませんでした。実はどちらもEvangelistの派生パタンで、読書会の中ではDedicated Championって何者なんだろう、と良く話していました。またEnergizerというパタンもInfoQでEvangelistの代わりに次作では登場させるかも、という話でした。また、Evangelistというパタンも、ちょっと聞くだけだと「エバンジェリスト」っていう肩書きで働いている人と何が違うのか、よく分かりませんよね。そこでLindaさんに尋ねました。
まず、Evangelistというパターンは、1番大事なパタンではありますが、実はそんなに特別な事をするパタンではありません。パタンの概要を引用すると、

To begin to introduce the new idea into your organization,do everything you can to share your passion for it.
新しいアイディアを組織に広め始めるには、どんな事も情熱を持って行いましょう。

です。つまり、Fearless Changeの中のEvangelistは、新しいアイディアを広める事に使命感を持った人物です。だから、「自分には出来る!」と信じる事が重要ですし、「このアイディアは良いものだし、みんなの役にたつはずだ!」と信じる事が重要です。
では、Dedicated Championとはどういう人かというと、一般に「エバンジェリスト」という肩書きを持って講演する方や、「アジャイルコーチ」と呼ばれる人がDedicated Championです。つまり、仕事として、新しいアイディアを広める役割の人の事を指します。なので、Evangelistだったころの情熱とかは依然大事なのですが、さらに仕事なので、報告をしなければならなかったり、より多くの人を巻き込まなければならない立場の人を指します。その中にはやりたくない立場の人や、アイディアに懐疑的な人を説得しなければならないなど、幾分もハードルが上がった人の事を言うようです。
そう考えると、Evangelistである間は、自分の一人でもアイディアを実践できますし、周りで賛同してくれそうな人だけでやる事もできます。できるだけ身近な人間で小さな成功を繰り返し、実績を上げ、経験を積む期間がEvangelistというわけです。
では、Energizerはどうなのかというと、この人はreligionがない人、つまり、どの信条がある訳ではないが、情熱にあふれ、どんな人も説得できる人を指すようです。この人は、「これは良いアイディアだ!」と思うと、Evangelistと同様に活動でき、さらに良いアイディアがあればどんどん採用できる人の事をいいます。平鍋さんやアリスター・コーバーンさんはたぶんこういった事を非忠誠の誓いと言っているように思いますが、どの考え方にも属さず、どうすればより良くできるのか、それをどん欲に採用でき、情熱を持って伝えられる人の事がEnergizerのようです。

なんか、まとまっているようでまとめきれていない気もしますが、Lindaさんから学んだ様々な事を公開します。